独立前までの職場の中で何度か立ち止まって考えてみたことがある。分業が進む業界で、意匠、構造、設備、施工すべてがばらばらに進み、最終的に現場施工で問題が発生する。手戻りが発生する。犯人探しが始まる。おそらく全員が原因である。お互いに少しの考慮があれば、担当以外の工程がスムーズに進むはずである。しかし、会社の都合や担当者の都合、大人の社会の厄介なしがらみの中で見て見ぬふりをすることで、些細なほころびがやがて塊りとなって(それは必然だが)、最後の現場に集約する。

 最初に拾ってくださった構造事務所で枠組壁工法の設計担当していたとき、現場の納まりを考えず、2次元の図面上でかいた絵が、案の定、現場で納まらないことがあった。枠組壁工法では、構造図が現場施工図とイコールである。全身の血が凍ったような感覚のまま急行した現場では、平謝りすることしか出来ず、己の知識不足や立体的な構成、納まりへの考慮、何より、現場で施工する方々への配慮不足を痛感した。そんな時に構造も考慮した上で施工可能な代替案を提案してくださったプレカット会社の方がいる。今でもその時の感覚は覚えているが、この方のように知見・技術で意匠も構造も現場もまとめることができる技術者を目指したい、建物から出てくる必然性をカタチにできる人間になりたい。至極当たり前な考え方で、一流といわれる設計者は、常に考えていることであるが、建築業界に入って間もない私にとって、その方の存在は憧れに近い感覚だった。

 独立後、人よりも秀でてる技術が有るわけでもなく、有名構造家のように構造計画を発表できる建築物があるわけでもないが、当時の思いはそのままあり、いつか、構造側から、プランを提案したいという気持ちがあった。前述の通り、分業化が当たり前の中で構造は基本的に全体スケジュールの後半に外注である。意匠性、施工性も考慮した構造美を提案したい、というと大変聞こえは良いがそこまで自信が有るわけでもない。そんな現実とは裏腹に、いつかの現場でお会いした方に見た、建物としての必然性をカタチにしたいという想いが、私の中ではっきりとした声となってきていた。

 そのような中、独立前からお世話になっている取り引き先の方の好意により、出張先で合わせたい方がいると紹介されたのが、RIB代表を務める髙橋さんである。当時、独立して2年ほどが経っていたが、思いがけず、この想いは実現に向うことになる。
打合せの場においては、初顔合わせというような形で、簡単な自身のプロフィールや、前職のこと、携わってきた分野・物件などを紹介する、いわゆる建築業界での自己紹介を行い、実は同じ業界にいるという共通点が見つかった。建築業界、とりわけ木造に関しては狭い印象である。あわせて、お互いに都内在住であることからも、機会を改めてぜひまたお話しましょうということになった。

 これは仕事関係の人間関係に限ったことでは無いが、お付き合いが長くなりそうな方との最初の出会いというのは、初対面にも関わらず、どこか居心地の良い、心が落ち着く感覚がある。おそらく誰でも感じたことがあると想像するが(他者に確認したことは無いが)、全てを語ってはいないが気持ちがリンクする、縁を感じる、という表現になるだろうか。

 後日、髙橋さんから直接電話で連絡をいただいた際にこの感覚が確信となる。実はもう一人とある構想を練っていて、その中で構造設計者を探しており、その背景となる想いをお聞きした時である。誰に言われるでも、問いただされた訳でもなく、その想いに応えるように、自然に私の中にある想いがするすると口から出てくる。構造を取り巻く考え方、分業制に対する憤りともどかしさ、なにより建物本来の姿を提供したいという気持ち。RIBの理念に直結する、前述の想いが出口を見つけた瞬間だった。なお、電話の際に登場した「もう一人」というのが熊澤さんである。熊澤さんのことは、私が所属する団体にて存じ上げていたので、ここでも繋がる。やはり業界は狭い。

 実際にRIBという会社が誕生するのはもう少し先であるが、髙橋さんからお電話をもらった時、私の想いが結実した時に既に未来のRIBの形が見えていた。あの瞬間こそが私にとっての「RIB誕生」である。RIBという会社名の由来、設計手法、理念については、前後の熊澤さん、髙橋さんのコラムにゆずるとして、これで私のRIB誕生秘話はおしまいである。